忘却 (上)

 そこには、忘れてもいいものしか持っていけない。たかだか100円の水筒だとか、あるいは倫理を持つ権利とか。

 

 自分が少ないとされる休みのうち2日をその派遣に使うと決めたのは、概ね金銭の使い込みによる不足。それと、その派遣が自分のうろつく場所の近くだったということもある。

 

 向かうと、黒い軽バンの前に人が待っていた。同時に、よくある派遣の待合の描写が現実に迫る筆致だったのだと気づく。

車内での会話はしなかったが、軽い挨拶のみはした。ただ聞こえてきた内容によれば、何やら長尺というものがそこでは曲げにくいとされているらしい。この会話は、その時こそ気づかないものの業務内容を直截に表す会話であった。それを察してか知らずか、運転手が会話を途中で制していた。

 

 車の窓からは、自分が過去に暮らした街やよくうろつく場所が目に入った。それは自分を反射する鏡のようで、どことなく悲しくなったのを覚えている。

 さて。そういった心情を捏ねながら、車はインターチェンジの近く、屋根と人の背丈くらいの段差だけがある建物を備えただだっ広い空間へ停車した。

ここが、これから2日を暮らす場所、つまりは倉庫、もっと言えば仕分センターである。